すべての子ども達の発達保障のために

 

 憲法第25条第1項は生存権について、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と述べ、それを実現するための国の義務として、同条第2項で「国はすべての生活部門について社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定する。これらはわが国における母子保健施策を、ライフサイクルの最初の段階でこれを具体化し、実現すべきものとして位置づけているといえる。しかしながら、現実の母子保健施策がすべての子ども達の生存権の保障を実現しているかどうかについてはいささか検討の余地がある。

 戦後の母子保健は栄養失調と急性慢性伝染病の早期発見予防による乳児死亡率の減少をめざして始まった。 1970年代には乳児死亡率が1000対10を下回るという先進国型に到達するにいたり、今後の母子保健事業の重点施策の第1に、先天異常、心身障害の早期発見・予防があげられるようになった(1974年、中央児童福祉審議会答申)。これは子どもの生存権をより本質的なレベルで保障していこうとする方向に沿ったものといえる。しかしながら、その実情をみるとき、体制整備は始まったばかりという段階にあり、十分完備したものとはいいがたい(田中・岡崎一山田、 1979年)。子どもの「生存権」については「生活資料に対する権利と生活能力と労働能力とを具備する人間に成長すべき権利とが不可分に結びついて」いるものとしてとらえる(清水、 1979年)ことが重要である。これは子どもの生存権を「発達権」としてとらえるということでもある。清水によれば発達権という用語および権利概念はいまだ実定法上明確な位置を有しているわけでなく、また国民の権利保障の立場に立つ憲法学研究者のあいだでも少なくとも現代基本権を構成するうえでの不可欠な要素として共通に承認されているわけではない。憲法では発達権を支える権利として教育を受ける権利が第26条で「すべて国民は法律の定めるところにより、その能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有する」と規定されている。ここで問題となるのは「その能力に応じて」という語句の語義である。日教組の委嘱を受けた教育制度検討委員会はこれを「発達に必要かつ適切な」と把え直すことを提案している。この提案の妥当性は障害児の全員就学のなかで、それまで不就学で放置されていた重度・重症児が学校生活を始めるなかで大きく変化していったという経験によって体得することができた。心身障害の早期発見、早期対応へのとりくみのなかではこういう捉え方の妥当性がいっそう明確に示された。早期に発見し、早期に対応することは明らかに発達の改善をもたらすからである。逆にいえば、早期に発見し、対応するという機会を逃すならば、発達に必要な条件が時をおって失われ、逆に二次障害によって発達を阻害するという事態を促進する。これは発達剥奪ともいえ、児の生存権の侵害となることは明らかであろう。現在多くの先進的経験および障害科学の発展により早期療育の有効性が確認されてきている。しかしながら、その成果がすべでの障害児や障害をもつ危険性のあるすべての出生児に及んでいるとはいえない段階にある。かえって、最近の行政施策は、「公費の無駄使い」と称して補助金を極度にカットし、福祉切り捨てを強行している。障害児と家族の願いと努力、多くの良識の支えのなかでようやく展望を切りひらいた早期療育の成果を、後退させようとする動きが強まっている。したがって、早期療育の科学性と有効性をいっそう明らかにしながら、母子保健システム、心身障害にたいする総合療育システムの全国的規模での拡充整備を行政に要求し、実現させていくという運動が必要である。いうまでもなく為政の側は、地域的に要求が強くないからといって、「生存権」「発達権」の保障をサボタージュすることは許されない。このような施策は、供給によって需要が喚起され、必要性が広く認識されるようになるという関係にある。その意味で実行行為者たるべき国および自治体の責任は大きい。乳児期における障害の発見もれや適切な早期療育の手遅れ等、さらにはこれらをもたらすような制度の不備について、行政的責任が厳しく問われるような社会的認識の確立が急がれる。

 早期発見、対応による障害の軽減は医療費その他の出費をおさえ、行政的負担を軽くすることにもつながるとさえいえる。最も必要な部分に手をさしのべることがすべての人々の健康と福利を増進させ、明るい生活を築くことになることは岩手県沢内村の経験によく示されている。