信号系と言語

 

 犬にたいして、ペルの音に伴って食物を与えるということをくり返すと、やがてベルの音を聞かせるだけで、食物を口に入れた場合と同様に唾液が分泌されるようになる。この分泌反応を条件反射と呼び、ベルの音を条件刺激とよぶ。ここで、ペルの音は、次に食物が与えられることを動物に信号しているので、信号とか信号刺激とか呼ばれている。

 このような条件反射の成立は、脳内における機能的な条件結合体系の成立を意味しており、これを信号系という。信号系は、動物と異なる人間の脳の働きを生理学的に説明するために、パブロフが提出した概念であり、動物と人間に共通の第一信号系と人間にのみ固有の第二信号系とが区別される。

 上の例におけるベルの音のような音刺激、視覚刺激、味覚刺激などの具体的な直接刺激による条件結合体系が第一信号系であり、具体的刺激が抽象化、一般化されることによりつくられた概念の担い手としての言語信号にたいする脳内の条件結合体系が第二信号系である。

 たとえば、ペルの音に伴わせて光を提示するということをくり返すと、やがてベルの音にたいして縮瞳反応がおこるようになる。このような瞳孔の条件反射が形成された後では、「ペルの音」とか「ペルが鴫る」という言語刺激にたいしても縮瞳反応がおこる。また、被験者が「ペルが嶋る」と心のなかに思いえがくだけで縮瞳反応がおこる。

 ここで言語刺激「ペルの音」は、具体的な刺激であるベルの音を信号する。言語信号が信号の信号であるといわれるゆえんである。

 ところで、ことばについて、一般に音像(あるいは文字像)と意味内容とが区別される。

 犬に、単語あるいは文にたいしてすら、その反応としていろいろの運動をさせることはたやすい。たとえば、条件反射の形成によって「お手」という命令にたいし犬は前肢を曲げるようになる。しかし、これは、ことばの音像が前肢を曲げるという反応と結合したのであって、ここで成立した条件結合体系は第二信号系ではない。「ペルの音」ということばの意味内容にたいする条件結合体系が第二信号系であって、これは人間固有のものであり、犬には成立しない。人間の場合でも、有意味語未獲得の乳児においては、ことばの音像にたいするこのような条件反射の形成がしばしば認められる。第一信号系の助けにより動物は外界のいろいろの現象の基本的関連を反映するが、人間は第二信号系の助けにより、自然界や社会的環境の複雑な相互依存性と合法則性を反映することができる。したがって、第二信号系は客観的現実を反映する最高の形式とみなされる。また、ルリヤが示したとおり、人間は第二信号系の関与により高次の自己調節的な系となる。