発達障害児の刺激療法

 

 まったく臨床的な、あるいは療育的な立場から、エンリッチメント・プログラム(E。P。あるいは、早期刺激療法)を発達障害児に適用する問題について、さいごに触れておこう。いうまでもなく、これがわたしたちの目的である。

 ラットを主とするげっ歯類の脳と行動、ネコやサルの行動、魚の脳で証明されてきたEC効果の同じ原理が、子どもたちにも適用されるのだろうか。残念ながら、今のところ答はまだ分からない。

 それはそれとして、臨床の場では最近発達的刺激プログラムが、とくに北米では指数関数的に増えている。わが国でも時としてテレビや新聞(ときには広告)でとりあげられている。未熟児を抱きしめ、やさしくたたき、バイブレーターで刺激し、モータ付きのハンモックでゆする(触覚刺激)。光をチカチカさせ、鳥や玩具をつるし、心榑音や音楽を鳴らす(聴覚刺激)。小学校に入る前の子どもたちを特別な子ども教室や、治療・運動場や、創造的遊戯センターで、大きなビーチボールの上でころがしている/学習障害児に平均台を練習させると、大まかな運動の巧みさが増え、学習能力が向上するだろうと考えられている。すくなくとも北米では、今や発達治療プログラムは主要産業の一つとなっており、何千人というさまざまな職名で呼ばれる専門家たちがかかわっている。この人たちは両親にむかって、刺激と働きかけによって新しい脳細胞が育つでしょう、と説明している(膠細胞も脳細胞の一種だし、ニューロンはラットなどではECで大きくなるのだから、この説明も満更うそではないし、あるいは真実かも知れない)。

 障害児の場合には原因が多様であり、しかも原因不明のものが多いから、効果の判定がむつかしい。それにしても、障害の軽い者は重度の者よりも同一のenrichment program (EP)で大きく改善され、微細脳機能不全(MBD)やダウン症児は脳性マヒ児よりEP効果が大きい(ただし、ダウン症児でEP効果を認めなかったという報告もある)。北米では10家族に1家族は発達障害児をかかえているという報告がある。そのなかには非常に早期に発見されるケースもあり、知覚・運動刺激、飲食、言語に主眼をおいたEPが実施されている。98人の低体重出生児で障害児になる危険の高い乳幼児を、病院で3年間EPで養育し、その約90%が正常化したという報告がある。この場合にも入院の費用が大変だが、EP以外のなんらかの病院での療育が効いたのか、家庭で専門医の指導をうけながらEPを実施しても同じ効果が得られたか、そのあたりの決定的な要因がはっきりしていない。

 神経科学の目ざましい進歩とともに、いまでは「神経発達療法士」と呼ばれるセラピストもいるが、「神経発達刺激」が長期にわたる改善効果を示すかどうかについては確証がない。米国脳性マヒ協会のまとめた結論では、テスト・再テストで検証された唯一の有意な改善効果を示した指標は、社会的・情動的交互作用だけだった。

 パターニング(patterning)と呼ばれる手技がある。子どもの四肢・頭を3~5人の大人が、30分ごとに5分間の休みをおいて2時間、リズミカルに動かす。重症の遅滞児でこのパターニングの効果をしらべた研究で、その特異的な改善効果は認められなかったことから、とくに親の経済的負担、要する人手などを考えると、重度の遅滞児にはすすめるべき療法でないという批判がある。

 MBD・SLD(多動症候群)で問題になっているFeingold説と事態は似ており、大筋においてはそのようなこともあるだろう、あるいはそれが当然だろうと考えながら、他面では科学的確証がないままに、社会的な大問題になり、それぞれに言い分かあるように見える。EP(さまざまな用語が使われているが)の社会的反響の大きさから、北米の「小児科」誌(Pediatrics)は、 1981年の1月号で専門家の判断を特集した。そのなかで、小児科学会の障害児委員会の同意も得た見解として、 Denhoffは実証データの不足を認めつつも、 EPを積極的に進める方向を採り。Ferryは発達障害児の治療法としてのEPは(動物実験のデータは十分承知の上で)、科学的に有効と証明されていないとしてDenhoffに反対している。ラットの豊環境飼育による大脳皮質の発達は明白な事実だが、同じEC効果がネコ・イヌ・サルなどでさえ立証されていない現状である。まだまだ多くの問題がここにも残されている。