脳障害動物の環境療法:実験的クレチン症

 

 環境療法ということばは、よくこなれた日本語でないかもしれない。温泉療法のたぐいととられそうである。豊環境による脳の発達、それにともなう行動、学習能力の改善・向上の知見が確実なものとなるにつれて、障害の問題に活用できないかという動きが出てきた。その目的は、脳の障害に由来すると思われる心身障害児(者)のハビリテーテションである。当面、げっ歯類を中心とした動物実験の紹介にとどまらざるをえない。しかし、 1975年には「脳機能不全の治療法としての環境」と題する国際シンポジウムが開かれ、翌年にはその記録がまとめられて本になっている。この方面の研究が、わが国でほとんどとりあげられていないことははなはだ残念である。

 実験的クレチン症

 精神遅滞のモデル動物の一つに、甲状腺の機能低下によるクレチン症ラットがある。チオウラシルを餌にまぜて、妊娠中および出産後の母ネズミに与えると、出生仔は甲状腺機能低下症(クレチン病)になる。この子どもが成長してからHebb・Williams迷路で学習能力をテストしてみると、正常群にくらべてクレチン群ではエラーが著しく増加している。30日齢から30日間、 EC、 ICにおいたあとでは、クレチン群のECのエラーがICより少なくなる。このEC効果は3~5ヵ月間も続く。環境療法(environmental therapy)ということを唱えているダヴェンポートDavenport (1976年)によれば、クレチン群のECは学習能力が改善されるとはいっても、正常対照群のICよりはるかにエ

 テコを押すと餌が与えられるフリー・オペラントの学習実験でも、クレチン症ラットのEC群で学習の改善がみられる。スイスで風土病的に見出されたクレチン病が、精神遅滞の歴史で最初に病因のはっきりした疾患であることを思えば、ダヴェンポートがなぜ環境療法のモデルにこれを使ったかも分かるような気がする。彼はEC ・ IC 差(IC群を対照群とするならば、EC効果と言えないこともない)が、正常群より障害群で大きいと主張している。その理由の一つが、4年間にわたる研究で、一貫して有意なEC・IC差を正常群において認めていないことにある。彼の引用した1949~1975年間のこの方面の正常動物での論文で、ECによる学習向上を認めたもの32編、逆に有意の向上をみなかったものが14編もある。その理由は分からない。しかし、脳障害動物において、目ざましい学習行動の改善がおこりうることは、ほぼ確実である。ただし、後述するように脳障害が非常に高度になると、EC効果の検出がはなはだなつかしくなる。