大腸がんの再発を防ぐシメチジン:転移に関係する「接着因子」発現を阻止

 

●安価な薬でがんを防ぐ

 

 消化性潰瘍の治療薬としてポピュラーなフンメチジン」が、大腸がんの再発防止に大いに役立つという。藤田保健衛生大学名古屋市)外科の松本教授らは実際の臨床でこの薬を使い、好成績を上げている。まず症例から紹介しようI。

 

 会社員のAさん(48)は一九九一年二月、同大学坂文種報徳会病院で直腸がんの切除手術を受けた。リンパ節転移が広くある進行がんで、一年以内の再発は避けられない状態だった。そこで術後の一年間、シメチジンだけをずっと飲み続けてもらった。七年たった現在も再発の兆候はなく、元気に会社員生活を送っている。

 

 シメチジンは胃液分泌を増加させるヒスタミンの受容体をブロックし、酸分泌を抑える薬で、日本では十六年も前から胃潰瘍などに広く使われている。安い薬で、一日分か三百円もかからない。なぜ、これががんの再発を防ぐのか。

 

 岐阜大学医学部第二外科の佐治重豊教授は、

 

 「以前から腎臓がんの治療に、免疫細胞を活性化させるインターロイキン2製剤が使われていますが、それを単独で用いるより、シメチジンと併用したほうが効果的だといった報告が出されています。また、デンマークでは、胃がんの術後患者にシメチジンを用いた場合の再発予防効果が発表されています。シメチジンが何らかの形で免疫機能の増強にかかわっているとすれば、大腸がんにもよいのではないかと考えました」

 

 Aさんの場合は術後にシメチジンを投与したが、最近では、手術の二日前からシメチジン(細粒か錠剤)を一日八〇〇ゲグラムずつ飲んでもらうようにしている。手術日以降は同量を点滴し、食事がとれるようになったら、再び抗がん剤とともに一年間、飲み続ける。松本教授は、

 

 フンメチジンだけの投与ですむケースも多いのですが、抗がん剤も処方しないと患者さんが納得しないんです。精神安定剤のようなものですね」

 と苦笑する。

 

 松本教授は九〇年から三年間、各地の十五の病院に依頼し、シメチジンを飲んだ場合と飲まなかった場合の大腸がん術後患者の五年生存率を調べている。デュークス分類(大腸がんの深達度を表す分類でA、B、Cがある)別に結果を見ると▽A(がんが腸壁内に限局)群とB(がんが腸壁を破っているがリンパ節には及んでいない)群=生存率は、飲まなかった人が七六・五%だったが、飲んだ人では九〇・五%。▽C(リンパ節転移がある)群=飲まなかった人の生存率は二三・一%なのに、飲んだ人では八四・六%と高い。

 

 「当初は免疫療法としてシメチジン投与を始めたのですが、再発を抑える仕組みがほかにもあることが最近、はっきりしてきたんです」

 

 がんの転移が成立するには病巣から近くの血管内にこぼれたがん細胞が移動し、転移先の血管の内皮に着床しなければならない。このとき血管内皮細胞は「E-セレクチン」という接着因子を発現し、がん細胞をくっつきやすくする。松本教授らの試験管内の実験では、シメチジンが接着因子の発現を阻止して、がん細胞の着床を抑制していることがわかったのだ。くっつけなかったがん細胞は全身を巡っているうちに寿命が尽きてしまうと考えられる。

 

  一日八〇〇ブグラムというシメチジンの量は胃潰傷の薬としての標準投与量だ。これまで重い副作用が起きた例はないが、まれに抑うつ状態が強まり、抗うつ薬が必要なこともある。 再発しやすい膵臓がんでもシメチジン投与で好結果が出ている例もあるそうだ。