ベクターウイルスの危険性

 

 私自身、みずからの調査能力のなさをさらすようで恥ずかしいのだが、取材をある程度進めるまでそのほんとうの実態を知らなかった。はじめて知ったときはもちろん驚いた。

 

 効果だけではない。危険性もまだはっきりしていない。

 

 なにしろ「遺伝子」という、人間が生存するうえでのすべての根源になっている設計図を人体内に入れるのである。そのへんの薬物や生体物質を入れるのとはわけが違う。音の情報が刻まれたCDとたんなる金属円盤とでは、見た目は同じでも、内容的にはまったく違うように、遺伝子とたんなる分子とでは質的にまるっきり違うのである。遺伝子を扱う場合、この違いがもっとも重要なところである。またわかりにくい点でもある。したがって、遺伝子を人体に入れた場合、その中で何が起こるかわからないという怖さがあるのだ。ゲノムープロジェクトの長足の進歩で次々に遺伝子が解明されているけれども、生体内での遺伝子の働きはまだまだ不透明、なぞだらげである。この問題については、また後でふれよう。

 

 実際、遺伝子の″運び屋”にウイルスを使用する点がいちばんの問題点である。とりわけ問題なのは、ウイルスが病原性を持っている点だ。ことにベクターとしてもっとも多く使われているレトロウイルスの仲間には、エイズウイルスや白血病ウイルスなど、その名を聞くだけでも身が縮みあがってしまうものが多い。事実、バクテリアを退治した人類も、ウイルスにはやられっぱなしで、まだ撃退する手だてがない。

 

 もちろん、人体に使用するに当たっては安全性は十分にチェックされてはいるが、ウイルスにはなぞが多いだけに、予期せぬことが起こる心配がどうしても拭いきれない。

 

 日本医科大学の島田隆教授は、『がんや難病を治す遺伝子治療』(小澤敬也著、法研刊)の対談の中でこんな事実を語っている。「突然変異のように望まれない偶然性みたいなもので増殖能力をもつウイルスが出てきてしまう可能性がないとはいえない、ということが以前から危惧されていました。しかも、それがサルの実験で本当に起こったという事実が数年前に明らかになって、大問題になってしまった」

 

 未知のウイルス出現の危惧が現実化してしまった恐ろしさがこれだ。島田教授は、これを、遺伝子を操作することによって増殖能力を持つウイルスができないように工夫、処理すれば解決できると楽観的にいうけれども、安心はできない。そもそも事故とか事件というのは、通常では起こり得ないような偶然の出来事がいくつも重なって起きるものだ。これは原発や航空機事故で明白にされた事実である。

 

 そう思うと、いちばん恐れていたことがほんとうに起きてしまったという事実こそが重要だということをもっと深く認識する必要があるのではないか。起きたということは、今後また起こり得るし、サルで起こったということは、人間でも起こり得るとみるほうが自然ではないかという気がする。

 

 自然界というのは、条件次第で何が起こるかわからないのが常である。もし遺伝子治療が原因となってエイズウイルスやエボラウイルスのような恐ろしいウイルスが新たに出現するようなことになれば、それこそ輸血でエイズを移された血友病の患者と同じ悲劇がまた繰り返されることになる。人間はどこまでも愚かだといってしまえば筒単だが、知恵を授げられた生きものなら、やはり同じ轍を二度と踏まないようにしなければならない。

 

 問題は突然変異ばかりではない。人体の細胞の中では、遺伝子の組み換えもダイナミックにけっこう頻繁に起こっている。これは遺伝子の研究によってもたらされた驚くべき事実であった。とすると、人体に投与したウイルスの遺伝子と、ヒトの細胞内にもともとあった遺伝子とが組み換えを起こしてトラブルを招くことも大いにあり得る。

 

 さいわいにも、これまでのネズミの実験ではこういった組み換え現象は起こっていないという。しかし、これまでなかったという実績も、将来起こらないという保証まではしてくれないだろう。またネズミでなかったからといって、人間で起こらないとも限らない。やはりこれまた、起こり得るとみたほうが自然だと思う。

 

 レトロウイルスのもうひとつの怖さは、染色体のなかに入るが、その場所が決まっていないことである。たとえばガン遺伝子のところに入り込んで眠っているガン遺伝子を起こして、細胞のガン化を引き起こしてしまう恐れがある。

 

『ガン遺伝子治療』深見輝明著より