ベクターとしてのリボソーム

 

 Kラス遺伝子の働きを抑えるアンチセンス遺伝子を、プラスミドという小さな遺伝子のかけらにくっつけて、それをリボソームという油の小さな粒に包み込んだものを作った。リボソームを遺伝子の運び屋に使うのは、前述した名古屋大学脳外科の吉田講師の遺伝子治療の例と同じである。このベクターの問題について吉田室長はこう語る。「ベクターにウイルスを使うことは、いまRAC(組み換えDNA諮問委員会)で問題になっているんです。ウイルスは遺伝子複製をするが、それがいい加減に行われることが多いんです。たとえばピー53というガン抑制遺伝子を入れた場合、それが変異を起こしてガン化を起こすピー53に変貌してしまう可能性がある。またウイルスが患者の家族や医療スタッフに感染する可能性もある。だから私はウイルスを使わず、リボソームを使ったんです」やはり医療用にウイルスをつかうのはいくら放射線を当てて無毒化するといっても問題があるようだ。

 

 吉田室長は、マウスに膵臓ガンのモデルを作り、そこへ件の油の粒に包んだアンチセンスRNAを注入して、ガンがどうなるかを調べた。膵臓ガンの場合、手術の際にガン細胞がばらまかれ、そのために再発で腹膜播種(ガン細胞が散らばった状態)になることが多いことから、マウスにそうした状態を人為的に作り出したのだ。

 

 遺伝子治療の効果を比較する意味から、一〇匹のマウスにはアンチセンスRNAとは反対の働きをするセンスRNA(メセンジャーRNA)を注入した。すると、一〇匹中九匹までが膵臓や腸間膜、肝臓など、いたるところにガンができた。これに対してアンチセンスRNAを注入したマウスでは、一一匹のうち一〇匹までがガンが消失した。このアンチセンス遺伝子治療は、動物ではずばりKラス遺伝子の働きを抑える効果を示したのである。

 

 しかし、吉田室長は、前記の癌研の研究グループのように、人間を対象にした臨床試験はまだとても時期尚早だという。

 

 「まだ限られた条件で、動物で効いたというだけです。ヒトヘの臨床にもっていくには、もっとベクターを改良する必要があります。いまのようなリボソームでは遺伝子をガン細胞に導入する導入効率が非常に悪い。悪いのでヒトに打つにはものすごい量を打だなければならない。体重二○グラムのマウスに三〇〇マイクログラムの遺伝子を打ってますから、人間には約一グラムもの遺伝子を打つ必要があります。とてつもない量です。もし修復されないガン細胞が少しでも残ると、そこからたちまちガン細胞は増殖しますからね。

 

 もうひとつの大きな問題は、ターゲティソダの問題です。いまのベクターではガン病巣だけではなく、全身に行く可能性があります。とくに生殖細胞に入り込む可能性もあるのが困ります。マウスの実験ではうまく細胞だけに入って、正常細胞には影響がなかったのですが、人間でもそううまくいくか、もっとよく調べる必要があります。いずれにしても、もう少し遺伝子を入れた場合のメカユズムをきちっと研究する必要があるでしょう」

 

 遺伝子治療といっても、Jm伝子を利用した遺伝子治療”と、“遺伝子を修理する遺伝子治療”とでは、雲泥の差があるということだ。

 

 それにしても、遺伝子治療研究の現場を歩いてきて感じたことは、このような″遺伝子を直すガン遺伝子治療”はむろんのこと、″遺伝子で治すガン遺伝子治療”も、まだまだ問題点が多く、人間への適用は当分難かしそうだということだった。