ガンの遺伝子治療

 

 ひと口にガンの遺伝子治療といっても、さまざまな方法がある。しかもその方法もガンの種類によっても違うし、入れる遺伝子で違うし、遺伝子を運ぶベクターでも違うし、体内に直接入れるか体外で入れるかでも異なる。複雑で入り組んでいるので一般の人にとっては非常にわかりにくくなっているので、ここで、きちんと整理しておこう。

 

 ガンの種類、遺伝子、ベクターの違いはたくさんありすぎるので、とりあえずこれらはおいておくとして、ガンの遺伝子治療は、大きく、次の四種類に分けられる。

 

 ①免疫遺伝子治療。リンパ球やガン細胞にサイトカインなどの遺伝子を入れる方法で、免疫療法を利用してガンを治療しようというもの。

 

 ②自殺遺伝子治療。ガン細胞に時限爆弾のような遺伝子を仕掛けておき、後ほどその時限装置にスイッチが入るような爆薬を注入して、ガン細胞もろとも爆殺するといった方法である。自殺というよりも他殺といったほうがよかろう。

 

 ③骨髄保護療法。抗ガン剤の効果をより強化することによって、ガンを治そうという方法である。抗ガン剤を使うと骨髄が破壊されるので、破壊されないように骨髄の細胞の中に抗ガン剤に強くなる遺伝子(白血球を増殖する遺伝子や多剤耐性遺伝子)を入れる。

 

 ④ガン遺伝子、ガン抑制遺伝子をターゲットにした遺伝子治療。ガンの原因となっている遺伝子の壊れた部分を修理することによってガンを治そうという方法である。

 

 以上のうち、現在もっとも多く行われているのが、①の免疫遺伝子治療である。アメリカで承認されたガン遺伝子治療六〇のうち、実に三九までがこの方法で、これまで紹介したガン遺伝子治療もすべてこのタイプであった。要するに、ガン遺伝子治療といえば、免疫遺伝子治療といってもいいぐらいで、これは当分の間変わらないだろう。そこで、前章で取り上げた免疫療法と、遺伝子治療とどちらを選択するかという問題が起こることになるのだ。

 

 次いで多いのが、②の自殺遺伝子治療で、一一件である。これは、最初米国立衛生研究所のエドワードーオールドフィールド博士が脳腫瘍を対象に考案した方法である。型破りの発想で、これが発表されたときは「こんな方法もあったのか」とみんな驚嘆したという。今後も、この手のユニークな発想の方法が考え出される余地は十分あるといえよう。

 

 もっとも少ないのは、④の原因遺伝子をターゲットにした遺伝子治療であるが、これは技術的にもっとも難しいためにほかならない。しかし、遺伝子治療の本来の考え方からすれば、この方法がもっとも遺伝子治療らしい方法といえ、遺伝子治療医が究極の治療法として目指しているものである。

 

 エクスビボ法(体外注入法)とイソビボ法(体内注入法)で分けると、免疫遺伝子治療と骨髄保護療法がエクスビボ法で、自殺遺伝子治療とガン(抑制)遺伝子・遺伝子治療がイソビボ法となる。もっとも、自殺遺伝子治療の場合は何らかの方法を使って病巣の部分へ直接投与しなければならないので、イソビボ法に入れない人もいる。

 

 また、遺伝子そのものを修復、正常化する遺伝子治療は④の方法だけで、あとはみな遺伝子を使って治す遺伝子治療に入るものばかりである。

 

 興味深いことに、札幌医科大学第四内科の新津洋司郎教授の研究グループはこの四つの方法すべてにトライしている。

 

 免疫遺伝子療法では、TNF(腫瘍壊死因子)を入れる方法、自殺法では、単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼという酵素の遺伝子を入れる方法、骨髄法では、GST-πという多剤耐性遺伝子を入れる方法、遺伝子修復法では、ピー53というガン抑制遺伝子を入れる方法の研究に取り組んでいる。いずれもアメリカでさかんにやられているものである。

 

 新津教授は免疫療法から化学療法まで試みる非常に幅広い人であるが、なぜいろいろな方法に取り組んでいるのか、たずねてみた。

 

 「ガンの治療というのは、いろいろな戦略があって、そのうちのひとつの戦略だげで治そうという気持ちはないんですよ。逆にいえば、それだけでは治らないだろうと思っているので、いろいろなアプローチで攻めるわけです。場合によっては、抗ガン剤とも血管の治療とも放射線とも組み合わせてやる必要もあります」ということは、遺伝子治療は根本的な治療にはならない?

 

 「根本的な治療にはならないと思う。ガンは非常に複雑で多彩だから、これ一発で治るという治療法はないでしょう。だから遺伝子治療もワソーオブーゼムです」どの方法がいちばん期待できるのだろうか。

 

 「動物実験では同じように全部効くんです。TNF遺伝子を入れる方法でもピー53遺伝子を入れる方法でも。だけど、ガン細胞にどうやって効率よく遺伝子を運び込むかというテクニックがまだ充分でないので、ガン抑制遺伝子や自殺遺伝子を入れるアプローチはちょっと不利ですね。理論的には免疫を利用する方法がいちばん現実的といえます」既存の免疫療法と遺伝子を使った免疫療法とでは、効果、安全性でどちらがいいのだろうか。「既存の免疫療法では、いろいろなサイトカインを投与した場合、副作用がでるのがいちばんの問題です。使えるかどうかはその治療の効果と副作用のバランスで決まるので、副作用が大きすぎると使えなくなる。私はもう使っていません。遺伝子を入れれば局所だけで発現するし、少しずつ持続的に出るので、副作用の心配はいらないし、長持ちする。既存の免疫療法に限界が見えたので、遺伝子治療を手がけだすようになったんです」

 

独自の路線

 

 遺伝子治療でいまいちばん問題になっているのは、欧米のやり方をそのまま模倣し、原材料を直輸入してこの治療を実施しようとしていることだ。つまり、欧米に何から何までおんぶに抱っこで、彼らが苦闘して出した成果の甘い部分だけを吸おうとしている点で、これは、基礎技術ただ乗り論で欧米から批判されたのとまったく同じ構造である。

 

 しかし、そうしたやり方と一線を画して、自力で方法を開発し、独自に道を切り開こうとしているユニークなグループも少ないけれどある。