ローゼンバーグ博士の遺伝子治療

 

   「RAC委員長マッギャリーは、この投票を『歴史的な瞬間』と呼び、さらに『医学の分野では、一千年も前からこういう治療法がもとめられていた』と付け加えた」

 

 ガンの遺伝子治療の新しい扉が開かれた瞬間を、当の本人、米国立癌研究所のスティ廴フソ・A・ローゼンバーグ博士は、自著『ガンの神秘の扉を開く』でこう書いている。

 

 九一年一月、そのガンの遺伝子治療の第一号実験は、国立衛生研究所内の病院を舞台にして行われた。患者はスーザンーマロットという三〇歳の女性(当時)と、ロバート・アソトリムという四二歳の男性(当時)。いずれも末期のメラノーマという悪性の皮膚ガンだが、マロットは全身に四〇個からの小さな腫瘍を持っており、アントリムは大ぶりのダレ廴フフルーツほどの大きさの腫瘍を大腿部分に抱えていた。彼ら二人を治療する責任者は、もちろんローゼンバーグ博士。レーガン元大統領の治療で一躍全米に知られることになった人物である。

 

 あらかじめ二人の体内のガン組織から、腫瘍浸潤リンパ球(TIL)とよばれるガンに染み込む性質を持つリンパ球を採りだしてあった。これを遺伝子の運び屋として使用する。ここが、ウイルスを使わない、ローゼン、。パーク博士のユニークな方法だった。このリンパ球に、前にも述べた強力なガン細胞殺傷力を持つTNF(腫瘍壊死因子)遺伝子を挿入する。TNFはあまりに副作用が強いため、有効量を投与することは難しく、TNFそのものを投与する試みはことごとく失敗している。ローゼンバーグ博士らは、このTNFを局所に運んでやれば、副作用が和らげられ、ガンには有効に働くに違いないと考えて、この方法を編み出したのである。ここまでは患者の体外、つまり実験室で行う作業だが、これは、共同研究を持ちかけられたアンダーソン博士らの発案であった。

 

 その日、ローゼンバーグ博士らは、このTNF遺伝子の入ったリンパ球細胞を二人の患者の体内に点滴で戻して、治療の世界に新しい道をつけたのである。

 

 「歴史をつくるのはどんな気分ですか?」

 

 前もって彼のスタッフのひとりがミズーマロットに聞いたら、彼女はこう答えたという。

 

 「エキサイティングよ」「今年は奇跡の年になるわ」奇跡は起こらず

 

 ローゼンバーグ博士は最初から遺伝子治療をやろうと思っていたわけではない。もともとはガンの治療からはじまっている。免疫のものすごい威力に魅せられ、最初はリンパ球から分泌されるリソフォカインの一種、「インターロイキン2」の投与でガン患者を治せないかと考えた。しかしこのインターロイキン2を大量に作る方法は難関で思うようにいかなかった。しかし、この隘路のなかから、もうひとっ別のリソフォカイソ、ガン細胞を殺す「LAK」とよばれる細胞を発見し、この細胞を活性化させてガン患者に投与する「LAK療法」をはじめた。

 

 このLAK療法は日本にも導入されあちこちの病院で試みられたが、成功せず、現在は下火になっている。

 

 やがてインターロイキン2がバイオ専門のベンチャー企業で作られるようになり、これ単独、あるいはこれとLAK細胞とを組み合わせた免疫療法へと発展させた。これまでに二一〇〇人を超える進行ガンの患者を治療している。大部分は腎臓ガンとメラノーマの患者だが、そのうち、ガンが完全に消失したのはI〇パーセント、大幅な部分的効果が認められたのは一五パーセントであった(『ガンの神秘の扉を開く』より)という。

 

 また、この研究途上で大きな発見となったのが、先の遺伝子治療でも用いたTIL(腫瘍浸潤リソパ球)というリンパ球であった。TILは、ガン細胞めがけて潜り込むばかりか、それへの攻撃能力も合わせ持っており、LAK細胞のI〇〇倍もの破壊力を持っていることがわかった。実際、このTILで治療したメラノーマ患者では約四〇パーセントに効果がみられたともいう。

 

 こうしてみると、TILとTNFという最強の二大武器を組み合わせて使用するアイデアは、これまでの流れからみて当然の帰結といえるかもしれない。ローゼンバーグ博士自身も遺伝子治療を手がける理由をこう語っている。「わたしたちはガン細胞を殺せる免疫担当細胞を探し、発見してきた。この免疫担当細胞はすべてすでに天然に存在するものだった。だが、遺伝子を分離して操作できれば、わたしたちはもはやガンを攻撃するために自然に存在する細胞だけに頼る必要はない。遺伝子工学を応用すれば、進化の過程でこれまでに存在したことのない特性をもつ細胞をつくりだせるのである」(『ガンの神秘の扉を開く』より)

 

 さて、こうしてガン遺伝子治療という新しい幕が切って落とされたわけだが、五年経った現在、机上の考えとは裏腹に、田心ったほどの成果があらわれていない。たとえば最初の患者のひとり、アントリムは約半年後に死亡している。もうひとりのマロットのほうは四回治療を試みて、いずれも失敗している。奇跡は起こらなかったようだ。

 

 ただひとり、三人目のスペングラーという五二歳の女性(当時)はかなり効果があったという。全身三〇ヵ所にあった腫瘍の一部は完全に消え、残りも大幅に縮小している。新たにできた腫瘍もなかった。また残っている病変部二ヵ所を調べたところ、腫瘍はすべて死んでいたという。

 

 このローゼンバーグ博士の例だけではない。ガンの遺伝子治療を試みたほとんどが成果を上げていないのが現状で、現在、人体への臨床応用は早すぎたと反省期に入っているという。世界の遺伝子治療の本拠地ともいえる国立衛生研究所のバーマス所長でさえ九五年一一月号の『科学朝日』誌上でこう語っている。「遺伝子の導入と発現を裏付けるいくつかの報告はあるが、患者にとって治療が利益になったという証拠はまだほとんどない」