ミサイル療法

 

 吉田講師が取り組んだ研究に、もう一つ、これまたマスコミをにぎわしたTNF(腫瘍壊死因子)がある。一九七五年、ニューヨークのメモリアル・スローソトケタリソダ病院のE・A・カーズウェルとロイドーオールドという二人の医学者によって発見されたサイトカイン(細胞が生み出す生理活性物質)である。これをマウスに注入すると、皮膚にできた大きな腫瘍がたちまち壊死をおこしはじめ、二四時間以内に完全に破壊されるという。その効果はあまりに劇的で、インターフェロン以上との評判を呼んだ。しかし、皮肉なことに、人体への応用ではこれが裏目に出た。全身投与すると、あまりに毒性が強いために患者の体が耐えられなくなることがわかったのだ。

 

 そこで吉田講師は、局所へ高濃度に入れてやればこの問題を解決できるのではないかと考え、TNFを、ガン細胞に栄養を送り込んでいる動脈内に注入する方法を考え出した。こうすれば、TNFの量を副作用が出ない濃度まで少なくすることができる。この考えは的中し、毒性は和らげられ効果も出た。が、これでも術後二年の生存の治療成績を凌駕するまでにはいたらなかった。

 

 しかし、この研究はけっして無駄ではなかった。この研究を通して大きな教訓を得たからだ。その教訓とは、抗ガン剤を正常細胞を外して、ねらいどおりのところへ運んでやる。ターゲティング”がもっとも重要だという点である。つまりミサイル療法である。しかし、これをものにするためには、免疫学をはじめとするベーシックーサイェソスから構築していく必要がある。

 

 人間の体内でそのミサイルを見事に操っているのがリンパ球である。体内に抗原を持った外敵、たとえばウイルスなどが侵入してくると、体内を監視していたリンパ球はB細胞に命じて、それ専用のミサイル爆弾、つまり抗体を作らせ攻撃する。抗体はそのねらい通りに一目散にウイルスめがけて飛んでいき爆弾を落とす。このようにターゲットを外さないで向かっていくのが抗体である。

 

 これに目をつけた吉田講師は、ガン細胞(ダリオーマ細胞)に選択的にくっつくモノクローナル抗体を開発すると同時に、これにもっと爆弾性能の高い抗ガン剤を運ばせることを思いっき、先の八木所長との共同研究をはじめた。モノクローナル抗体リボソームをドッキングさせ、そこへ強力な爆弾を搭載して、ガン細胞をねらい撃とうというわけだ。

 

 吉田講師の開発したモノクローナル抗体は、静脈内に注射してやると、腫瘍のある場所にだけ集まることが、アイソト廴フによる標識で確認されている。これは現在、脳腫瘍の画像診断に利用されている。また、この抗体と抗ガン剤を組み合わせたミサイル療法は、試験管レベルの実験で、腫瘍細胞に対して抗腫瘍効果をもたらす成果も上げている。

 

 

遺伝子を注入

 

 しかし、この研究を進めている過程であるとき別のアイデアが浮かんだ。

 

 「リボソームをガン細胞の中に入れるわけだから、細胞の中でも働くものを入れたほうがいいのではないかと思いついたんです。その結果、遺伝子、DNAなら細胞の中で働き、抗ガン剤より安全性が高く、効果もよさそうだということになった。それで、これまで経験のあるインターフェロンの遺伝子をリボソームの中に入れることにしたんです」(吉田講師)

 

 つまり、抗ガン剤だと、ガン細胞にうち込んだところで働くのは一回限りだが、インターフェロンを作る遺伝子を注入してやれば、その遺伝子が活動している限り、インターフェロンを出し続けるはずである。細胞が増殖すれば、インターフェロン遺伝子も増えるので、ガン細胞は生み出されるインターフェロン爆弾に次々にやられ、それだけ永続的な効果が期待できるというわけだ。この持続的な攻撃によって、脳腫瘍を治療しようというのが、八木所長と吉田講師の発想であった。

 

 吉田講師らは、まず基礎実験を積み重ね、試験管レベルの実験で、インターフェロンそのものをガン細胞に投与するよりも、インターフェロン遺伝子を入れてやったほうが、ずっと強い抗腫瘍効果があらわれることを確かめた。九〇年に「キャソサー・リサーチ」誌に発表されたデータを見てみると、一〇〇〇単位のインターフェロンを入れた場合よりも、インターフェロン遺伝子を入れたほうが、インターフェロンはわずか一五単位ぐらいしか出ないけれども、強い抗腫瘍効果があらわれ、さらに、それにモノクローナル抗体を組み合わせてやれば、もっと強い効果が出ることがはっきりと証明されている。

 

 これには、リボソームの改良が功を奏したのも大きい。リボソームを構成する脂質の組成を少しずつ変えて約二〇〇種類を作り、その中から細胞への注入率の高いものをスクリーニングしていった。細胞の中に遺伝子が入ることもさることながら、その中で遺伝子が働かなくては何にもならない。これを専門的に発現効率というが、試験管での実験では、リボソームのそれは一〇~二〇パーセントぐらいである。これに抗体を付けると、さらに効率が上がって、三〇パーセントぐらいまでいくことがわかった。ベストのリボソームを選出するのにI~二年かかったという。

 

 さらに、こうして開発した抗体付きの、インターフェロン遺伝子入りリポソームーカプセルを、今度はマウスの脳に注入し、脳腫瘍が治るかどうかの実験、つまり遺伝子治療動物実験をしている。マウスの脳にはヒトの脳腫瘍を移植した。

 

 比較する意味で、何の治療も施さない実験もしたが、当然ながらこの場合は、腫瘍移植後三〇~五〇日間にマウスは例外なく死亡した。これに対して、腫瘍移植後、一犬二日後に治療を開始したマウスは、いずれも腫瘍は完全に消滅し、生き残った。七日後に治療を始めたケースでも、七例中五例で腫瘍は完全に消失し、残り二例でも明らかに腫瘍は縮小し、一例を除いて生存した。九日後から治療を始めたケースでも、治療をしない場合に比べ、かなりの延命効果が見られたという。