グリオーマとは

 

 脳は、頭蓋骨をこじ開けると、白い豆腐のようにぶよぶよした大きな塊が左右に一対並んでいる。大脳とよばれるもののほか、その下にいくつか塊があるが、これらは二種類の細胞からできている。一つは脳のあらゆる働きをつかさどる神経細胞(ニューロン)とよばれるもので、脳全体で約一〇〇○億個ある。もう一つはその神経細胞の隙間を埋めているクリア細胞とよばれるもので、神経細胞に養分などを送っているが、こちらは神経細胞の約三倍あるといわれている。

 

 グリオーマは、このクリア細胞から発生し、脳組織の中で根を張るように広がった腫瘍なので、正常細胞とガン細胞の間に境界がない。したがって、手術では腫瘍の中心部を取るのだが、必ず取り残しが出る。場所によっては正常な脳を傷めてしまうので手術をやれない。グリオーマにもいろいろな種類があるが、ごくおおざっぱに分けると、良性と悪性の二種類になる。良性のほうは治癒率五〇パーセントとまだいいが、悪性になると手術をしても平均一年半ぐらい、よくて二年しか生き延びられない。しかもこんな悪性グリオーマが脳腫瘍全体の一五パーセントも占めている。アメリカではもっと頻度が高く、全体の二五パーセントも占め、非常に問題になっている。

 

 となると、この腫瘍を治すには手術以外の方法でなくてはならない。そこで、放射線、化学療法など、いろいろな方法が試みられている。吉田講師も、新しい治療法を導入しようとさまざまな治療法の開発を行ってきた。

 

インターフェロン、夢の新薬とならず

 

 そのひとつにインターフェロンの臨床応用がある。一時“夢のガン新薬″とマスコミでもてはやされたインターフェロンは、覚えている方も多かろう。人間の細胞が生み出すタンパク質の一種で、体内にウイルスが侵入してくると攻撃して殺す作用を持っている。ところがそれ以外に、細胞の増殖を抑制する効果(抗腫瘍効果)、さらに免疫を増強する効果(それによる間接的な抗腫瘍効果)が発見されたことから、俄然抗ガン剤として使える望みが出てきた。アメリカでアルファー型のインターフェロンが開発され、白血病に効果があることが明らかになった。これに対して日本では、ベーダ型が開発され、脳腫瘍と悪性黒色腫の二つの病気を対象に初めて薬として認可された。

 

 しかしこのインターフェロンも、実際に医療の現場で使い始めると、なかなか思ったようには効果があらわれなかった。「たしかに臨床試験で有効性が確かめられたんですが、その効果はいまひとつで、使わないより、使ったほうがましぐらいの程度でまだまだ不十分です。しかもインターフェロンは副作用がないといわれていたが、実際に使ってみるとやはりある。肝機能が悪化したり、白血球が減少したり、発熱もある。これは、通常生体内で、一単位とか二単位で作用するものを、人体に使う場合は何百単位という、とてつもない量を投与するからなんです」(吉田講師)

 

 そこで吉田講師は、このインターフェロンを単剤で使うのをあきらめ、これに抗ガン剤と放射線を組み合わせて使用する方法を開発して、効果を上げた。インターフェロン単剤では一〇パーセントぐらいの有効率であったが、この併用療法によって四〇~五〇パーセントにまで引き上げた。以前は、手術をしても三~六ヵ月ぐらいしか生きられなかった患者が、この併用療法によって、なんとか一年半から二年まで命を延ばすまでにこぎ着けたという。

 

 この療法は、インターフェロン、抗ガン剤、放射線の三つの頭文字を取って、「IAR療法」とよばれ、現在、悪性脳腫瘍に対するもっともポピュラーな治療法となっている。しかしながら、いったんは退院した患者もやがて再発し、結局死ぬことになる。その後もさまざまな治療法が開発されてきたが、残念ながら、これを超えるような治療法は出現していないのが現状である。治療成績のうえではたしかに上がってはいるが、結局「治る」という医師の最終目標まで到達し得ていないのである。

 

 「しかし、病棟で生身の患者さんを診ていると、こりゃなんとかしなきゃいかんという気持ちになるんです」と語る吉田講師は、そこで今度は究極の治療といわれる遺伝子治療の基礎研究にチャレンジすることになる。八六年のことだ。実は、これには伏線があった。