ベプチド療法

 

 前述の藤本教授の「キラーT療法」にしろ「ATK療法」にしろ考え方はいいのだが、リンパ球、T細胞の培養が大きな壁となって立ちはだかっている。というのは、増殖するガン細胞でさえ体外で培養するのはそう簡単ではないからだ。まして正常細胞のリンパ球となるとはなはだ難しく、またできたとしても手間と経費が大きな負担となる。

 

 そこで、リンパ球を体外に取り出さなくても、もっと簡単に、体内でキラーT細胞だけを選択的に活性化する方法はないかと考えたくなるが、その研究に取り組んでいるのが、札幌医科大学医学部病理学教室の佐藤昇志助教授である。実用レベルになるにはいま少し時間がかかりそうだが、研究は急テンポで進み明るい光明が見えてきた。

 

 ガン患者に合致したガン抗原をつくり体外から注入する治療法で、「ガン抗原ペプチド療法」とよばれる。ガン抗原を体内に入れることによって、キラーT細胞を活性化しガン細胞を攻撃しようというのだが、最大の問題はガン抗原そのものの発見であった。

 

 ガン抗原の研究は一九五〇年代まで溯る。もちろんこの研究のねらいはガンワクチンにあった。ハシカや風疹などのワクチンのように、事前に病気の原因となる抗原物質を弱毒化して接種しておけば、体の中に免疫の抗体ができその病気に打ち勝つ能力をもつことができる。ガンにそれを応用しようというわけだ。

 

 しかし、世界中の研究者たちがよってたかってこの抗原物質を探したがなかなか見つからなかった。そこで「ガン細胞には抗原などそもそもないのだ」とする学説まで流布した。

 

 いや、そもそもガン免疫にとって何が重要で、何が起こっているかという分子レベルのメカニズムも皆目わかっていなかったのだ。

 

 それがガン研究の目覚ましい進展でわかってきた。そしてわかってみると、ガン細胞に対する免疫のメカニズムは意外に簡単であった。

 

 佐藤助教授がこう説明する。

 

 「正常の細胞がガン細胞になるのは、化学物質や放射線などの影響で生命の設計図のDNAが傷つくことから始まります。傷ついたDNAは細胞内に異常なタンパクを生み出す。すると細胞は直ちにこの異常タンパクをぶった切って処理しにかかる。さらにその小さなタンパクのかけら(ペプチド)を細胞外に押し出し、表面に出たHLA(組織適合抗原)という塊の上に乗せます。こうしてできたHLAとペプチドの複合体がガンの目印、抗原となるのです。

 

 ガン細胞の表面にこの目印があると、リンパ球のT細胞は直ちにガン細胞と見分けて、キラーT細胞に指令を送ります。その指令を受けたキラーT細胞は果敢にガン細胞に戦いを挑んでいくのです」