キラーT療法の具体的な治療方法

 

 まず、少量の抗ガン剤(エンドキサンなど)で負の免疫の中心であるサプレッサーT細胞の勢力を弱めておく。次に、患者の体内からガン細胞とリンパ球を取り出し、体外でガン細胞I、リンパ球-00の割合で混ぜ、培養する。この間にリンパ球の中のキラーT細胞が刺激され、ガンと戦う能力をつける。さらにこの中にインターロイキン2というT細胞を増殖させる物質を入れてやり、キラーT細胞のパワーを一段と強めてやる。

 

 こうして培養後一週間したところで、キラーT細胞の殺傷カテストを行う。16時間放置して五〇パーセント以上ガン細胞が減少していれば、患者に使用できるので、このリンパ球を静脈や動脈からふたたび患者の体内に戻してやる。これをI週間ごとにくり返すのである。

 

 以上のうち、サプレッサーT細胞を抑制して「負の免疫」をいかに抑えるか、またガン細胞をねらい撃つリンパ球をいかに増やすかが、このキラーT療法のポイントになると藤本氏はいう。

 

 八六年のことだ。動物実験で成功していたこの方法をいよいよ実際の患者に応用するときがやってきた。

 

 七五歳の乳ガン再発の女性患者であった。肺、肝臓に転移を起こし、胸水がたまって息も絶え絶えの状態だったので、打つ手は化学療法しかなかった。しかし抗ガン剤治療をはじめると、副作用がものすごく強く出て、白血球が急激に下がった。もはや平がないということから、この治療の試みとなった。

 

 するとどうだろう。まず、胸水が少なくなった。五ヵ月後には肺にあった腫瘍が消え、五センチ近くもあった肝臓の転移ガンもほとんど消えた。結局、治療は一年続けられたが、副作用もなく、退院して日常生活に戻れたという。

 

 ただし、このケースは高知医大ではなく、長崎の市中病院で行われたものである。藤本教授の指導を受けて地元に帰っていた若い医師が、この病院で治療を試みたものであった。

 

 翌年九月、藤本教授は日本癌学会総会でこの結果を発表すると、早速NHKニュースでも取り上げられ、センセーショナルな波紋を起こした。アメリカ、フランス、イタリアなどの各国大使館からの問い合わせをはじめ、一時はI〇秒置きに全国から電話が殺到して悲鳴を上げるほどだったという。

 

 これを機に、高知医大でもこの新しい治療に取り組めるように態勢を整え、八八年から治療を開始しているが、これまでに治療を受けた患者総数は、およそ三〇〇人にもなる。ただし、多くは治療を受ける前の検査中に亡くなるとか、治療を受けても一回だけでダメになるといったケースである。ある程度の治療を受けられた人といえば少なく、わずか三七人。乳ガン、肝臓ガン、大腸ガン、肺ガン、胃ガンなど、種類はさまざまだが、いずれも末期ガンの人ばかりである。その治療成績を出してみると、腫瘍が縮小されたとか、腫瘍マーカーが下がったなどの症状が改善された人は、三七人中二一人。五七パーセントの改善率となる。

 

 そのなかには、先述したケース以外にも、半年の命と思われた全身の骨に転移した乳ガン患者が社会復帰し、三年以上生存したり、医師から一ヵ月の命といわれた肺転移を起こした肝細胞ガン患者が元気に回復したりという劇的な例もある。末期ガンといえば、ただ数ヵ月座して死を待つだけという現状を見れば、この数字は全国のガン患者に勇気と希望を与えてくれる。

 

 このキラーT療法は、米国立衛生研究所のローゼ博士が考案したLAK療法やTIL療法に手法的によく似ているが、違いはどこにあるのだろうか。ことにLAK療法は一時全米で大流行し、日本にも導入されて多くの病院で臨床応用された。患者の体内から末梢リンパ球を体外に取り出し、そこヘインターロイキン2を入れて四、五日培養すると、活性化したリンパ球(LAK細胞)ができる。これを患者の体内へ戻してやるという治療法だが、最近は下火になってきている。藤本教授はこう語る。

 

 「LAK療法は免疫学的に理論的でないように思いますね。リンパ球を体内に入れる点は同じだが、そのリンパ球をものすごい量のインターロイキン2を入れて増やす。だからその刺激でいろいろな種類のリンパ球が増える。早くいえば、覚醒剤でいきり立ったようになるんです。だからリンパ球がガン細胞を殺すのも、ガン細胞をきちんと認識して殺しているのではなく、興奮した勢いでやたらめったら殺していると考えられます。

 

 TIL療法も同じです。ガンに浸潤するリンパ球といっても、みなキラーT細胞ぽかりとは限らず、そのなかにはそれを抑見込むようなサプレッサーT細胞も含まれているんです」

 

 そのローゼン・パーク博士はガンの遺伝子治療でも先陣を切って行っているが、この遺伝子治療についても藤本教授は批判的である。「サイトカインの遺伝子を入れるやり方(ローゼンバーグ博士の場合もそう)はどうも納得できないんです。遺伝子を入れて体内で強制的に出すと、遺伝子を入れたサイトカインだけがワーツと出る。そうやって、体内のホメオスタシス(恒常性)を崩していいのか疑問に思います。というのは、ひとつのサイトカインにもいろんな作用があり、まだわからない部分がたくさんあるからです。当然副作用が出る恐れがあるし、それがほんとにガンに働くのかどうかも疑問です」

 

 そしてこの問題を突き詰めていくと、最終的には西洋と東洋の考え方のぶつかりあいになるが、藤本教授のキラーT療法は東洋的な考え方のうえに乗ったものであるという。「西洋流の考え方は、腕ずくで新しいやり方で患者を治療しようとします。しかし、人間に元来ガンを抑えるシステムが備わっているから、それを生かして、ホメオスタシスを育てながらゆるやかに治療するのが私のねらいです。それにはひとつのサイトカインを入れる方法はどうもしっくりこないんです。それに治療の最小単位は細胞だと思う。したがって、患者から取ってきた細胞の悪いものは捨て、いいものを育てて戻してやるのが東洋的で、いいんじゃないでしょうか。これからの治療はこういった東洋的考え方をもっと取り入れ、西洋医学とうまくドッキングさせる必要があるのではないかと思います」

 

 いままでのガン医療の思わしくない結果をみると、なるほどと思う。

 

 もっとも、このキラーT療法にも欠点はある。第一に、細胞の培養に相当の手間暇がかかることだ。患者に容器代などの実費を二万三千円負担してもらっているが、それには人件費が入っていない。これまで含めると相当の医療費になる。

 

 また、誰でもがこの治療を受けられるというわけではない。手術でガン細胞が取り出せなければこの治療は難しく、またキラーT細胞が活性化しなければこの治療は成立しない。現状ではキラーT細胞が活性化する人はガン患者の約五〇パーセントといわれる。

 

 このため、藤本教授は高知医科大学に世界初の「ガン細胞バンク」をつくり、生きたままガン細胞を保存するシステムを作った。HLAの型が合致すれば、自分のガン細胞がなくても、他人のものを代用してこの治療を行うことができる。しかし、それでも治療効果があらわれないケースもある。そこで、他の病院の外科チームとタイアップし、ガン患者の手術後にこの治療を取り入れてもらう道を模索し、千葉大医学部付属病院第一外科や東京女子医科大学消化器病センターなどで実現しはじめている。

 

 一方、キラーT細胞を活性化する方法についても模索しており、さまざまなサイトカイン(生体の細胞が出す生理活性物質)を利用して活性化する方法を現在研究中という。